I want to call your name




―― 彼の名前が呼べたなら・・・

                           ―― きっと伝えられるのに。

―― 彼女の名前が呼べたなら・・・








「隊長さん♪」

晩冬の小春日和、さんさんと気持ちのいい陽射しに負けないほど爽やかな声がクライン騎士団の最深部にあるレオニス=クレベールの部屋に響いた。

心待ちにしていた声の主 ―― メイ=フジワラの登場にレオニスは書類から顔を上げて口元を緩ませる。

「お前か。」

「こんにちわ!お邪魔じゃなかった?」

「構わない。今、休憩をとろうと思っていた所だ。」

メイが顔を出した瞬間に決まった事を言うとメイはよかったとにっこり笑った。

「それじゃ、お茶入れるね。」

勝手知ったる他人の執務室。

メイはこの執務室の主よりさっさとお茶の仕度を始めた。

こうしてほぼ日課に近くなったレオニスとメイのお茶会が始まる・・・まさかお互い同じ野望を胸に抱いているとは気がつきもしないままに。






メイの野望・・・それはレオニスの名前を呼ぶ事。

ずっと呼びたくて、でもなんだか恥ずかしくて呼べない名前を。

(『隊長さん』じゃなくて『レオニス』って呼べたらその時は・・・きっと言える。)

『レオニスが大好き』って。



レオニスの野望・・・それはメイの名前を呼ぶ事。

最初に呼び損ねてしまって以来まったく呼べなくなってしまった、でも大切な名前を。

(『お前』ではなく『メイ』と呼べたらその時は・・・必ず言おう。)

『メイを愛してる』と。






「それでね〜、ディアーナったらさ・・」

メイとレオニスのお茶会はほとんどメイの一方的なおしゃべりで進む。

ころころ笑いながら楽しそうに話すメイにレオニスは生真面目に頷いて聞いている。

他人から見たら「それって楽しいのか?!」っと突っ込みたくなるようなお茶会風景でも二人にとっては幸せこの上ない一時なのだ。

「あーあ、それにしても毎日勉強ばっかりっていうのは辛いよ。」

まあ、自業自得なんだけどね、と言ってふうっと溜め息をついたメイにレオニスは少し笑った。

メイは今、上級魔導士の資格試験を受けるべく勉強中なのだ。

・・・1年前この世界に一方的に召還された時、メイが魔法研究院で魔導士見習いとして勉強を始めたのはひとえに元の世界に帰るためだった。

しかし半年ほど前、クラインの隣国ダリスを救った彼女は元の世界に戻るチャンスがあったにも関わらずこの世界に残ることを選んだ。

捨てきれない想いを持ってしまっている事にメイは気がついていたから・・・

それ以来クラインの永住権を取得した少女はその魔導の才を生かすべく、上級魔導士試験に向けて勉強を始めたのだ。

「う〜ん、こんな事ならあの時帰っておくべきだったかなあ・・」

「!」

思わず、と言う感じのメイの呟きにレオニスは危うく紅茶をこぼしかけるほどドキッとする。

メイが元の世界へ帰りかけた事を部下であるシルフィスに聞いた時の事を思いだしてしまったのだ。

彼女はこの世界の人間ではない。

そんなことは重々承知であったはずなのに、あの時・・・メイが元の世界に帰りかけたという話を聞いた時、息が詰まった。

メイがこの世界からいなくなる・・・それを考えただけで自分があんなになるなんて思ってもみなかった。

息のしかたすら忘れてしまいそうな程の喪失への恐怖。

どこか不安そうなレオニスの表情に気がついたのか(否、気がつけるのはメイだけだろうが)メイはにこっと笑う。

「冗談だって。」

そう言うと目線を少し窓の外へ向ける。

「この世界には元の世界に持って帰れない宝物がありすぎるもん。」

「・・・そうだな。」

静かに答えるレオニスはメイの『持って帰れない宝物』の筆頭が彼への想いであるなんて夢にも思っていないのだが。

レオニスはぽつりと言った。

「私も・・・お前が帰らなくて嬉しい。」

「え・・・?」

今までにない柔らかいレオニスの言葉にびっくりしたようにメイが振り向く。

そしてぶつかる深い碧の瞳と大地の色それ。

二人の間に語られない言葉が空気になって流れる。

レオニスは柔らかい光に縁取られたメイの驚いた顔に一瞬見惚れた。

メイはレオニスの瞳に浮かぶ真剣さに目を奪われた。

(・・・今なら・・・)

(・・・今なら・・・)

「メ・・・」

「レ・・・」

メイが、レオニスが同じ事を読みとって互いに相手の名を呼びかけた、ちょうどその瞬間




バタバタバタッ・・バンッ!!

「隊長!!」




ドアをつきやぶらんばかりの勢いで転がり込んできたアンヘル族の騎士、シルフィスにレオニスは忌々しげな視線を、メイは驚いた視線を投げた。

「何事だ?シルフィス。」

「た、大変なんです!ガゼルが他の見習い達と喧嘩を・・・」

「・・・放っておけ・・・」

ぼそっと告げる言葉にはせっかくのチャンスを無に帰された不機嫌さが十分すぎるほどににじみでていた。

しかしシルフィスは余程慌てているのか、あえて気がつかないふりをしているのか(後者の可能性が高いように思えたのはレオニスの気のせいではないだろう)まくしたてる。

「お言葉ですが隊長。このまま放っておけば乱闘の末にけが人がでる可能性もあります。
来週にはダリスの事後処理に参戦することになっている者も多数その中には混ざっていますので今止めないと後で困ったことになると思いますが。」

お説、ごもっとも。

ここまで言われては一個騎士団を預かるレオニスが止めに行かないわけにはいかない。

たとえ目の前に愛する少女とのお茶会の最中であろうとも。

たとえささやかな野望を叶える絶交のチャンスであったとしても。

レオニスはメイに気がつかれない程度に心の底から落胆した溜め息をついた。

そして目の前できょとんっとしているメイに言った。

「すまないが、止めに行って来る。」

「うん。あたしももう門限が近いから帰るね。」

せっかくのチャンスに少し未練は残るもののレオニスに迷惑をかけるわけにはいかない、とメイは彼の横をすり抜けてでていこうとした。

と、横をすり抜けようとした瞬間レオニスは思わずメイの手をとらえていた。

「え?た、隊長さん?」

「・・・明日も・・・」

「え?」

「明日も来るか?」

手を捕まれた事に動揺していたメイはどこか縋るような目をして言われたレオニスの言葉に一瞬驚いた顔をして・・すぐににこっと最上級の笑顔で笑った。

「隊長さんさえ構わなければ。」

「構わない。・・・待っている。」

「うん!じゃあね♪」

弾むような声で帰っていくメイを見送ってレオニスも練習場に向かって歩き出した。







その夜、ベットの中で自分の手を見つめる者が二人。

―― 今日も名前は呼び損ねちゃったけど手を握ってもらっちゃったから、まあ良いか♪

魔法研究院の元倉庫である自分の部屋のベットでメイはレオニスに捕まれた手を見つめて嬉しそうに笑った。

―― 今日も名前を呼び損ねてしまったが・・・

騎士団にある私室でメイの柔らかい手の感触を思いだしてレオニスは僅かに顔を赤くした。



・・・・・こんなマイペースカップルが無事互いの名前を呼び合えるようになったのはこの半年後、結婚式を挙げた後であったというのは、ほんの余談である。










                                     〜 END 〜





― あとがき ―
なんか『ファンタ』ではひさびさな気がするほのぼの全開創作です。
でもなあ、なんかものすご〜〜〜〜〜〜〜くマイペース・・・というかトロい二人になってしまった(汗)
なんで名前を呼べてないのに結婚できたのかというのは要深読み(爆)
それにしてもメイの『隊長さん』って呼び方は可愛いですよねv
でもきっと呼ばれてるレオニスの方は切ないだろう・・というわけでできた創作です。
あ、ちなみにシルフィスが確信犯かどうかは・・・推してしるべし、ということで(笑)